87

 十一月一日、マトゥサラとバトラーチェはマドリードに帰って来た。その時、ラヴ・ヒナから小包が届いていた。それはエルサレム・タルムードの、ローシュ・ハ=シャナーであった。ラヴ・ヒナの手紙にはこう書いてあった。

 お前確か学校にいた頃、大き目の紙に、ローシュ・ハ=シャナーを書き写していたな。うちの学校にはバビロニア・タルムードが十冊あったな。それらはゼライームからベラホートを抜いたもの、スッカー、ローシュ・ハ=シャナー、メギラー、ケトゥボート、ナジール、ソーター、マッコート、アボートにアボート・デ・ラビ・ナタンを加えたもの、トホロートからニッダーを抜いたものだったっけ。それらにはラシーの注解とトサフォートの注解が載ってなかったな。

 マトゥサラは、バビロニア・タルムードのローシュ・ハ=シャナーを写したノートを出してきた。それはミシュナとゲマラだけであった。そしてエルサレム・タルムードのローシュ・ハ=シャナーも開いて、新しいノート に書き写し始めた。彼女はいつの日か、それにラシーとトサフォート、そしてマルゴリス、トセフタ、そしてミシュネー・トーラーとも呼ばれるヤド・ハザカーも、一冊にまとめるつもりであった。

 マトゥサラはストックホルムで産まれた。ある日、彼女の父ガニュメデスが天に昇った。そして彼女は母と共に、祖父のコメル・サドックがいるマドリードに来た。コメル・サドックは聖書翻訳家であった。そしてマトゥサラは小学時代をマドリードで暮らし、そしてイスラエルのティベリアの中学校に入った。その時、ラヴ・ヒナも同じ学校にいた。二人が隣り同士に座った時、ラヴ・ヒナが「お前中国で溺れた事があるのか。その時泉の呪いで女になったんだろ」と言った。するとマトゥサラは「するとお前は泉の呪いでヒヨコになったのか」と言って、二人はたまたまそこにあった薬缶とバケツで叩き合いを始めた。二人は共にスペイン語圏出身だったので、その後も事あるごとに一緒になった。ラヴ・ヒナはエクアドルのピンタ島出身であった。マトゥサラはヘブライ語で創世記の第六章を読んだ時、巨人の原語がネフィリムである事を知った。その時彼女は、ネフィリムの母音は間違っていると思った。それがノフリムだったら、落ちる人達という意味になる。なぜ落ちる人達が巨人 と訳されたのか? なぜ翻訳家達は、七十人訳聖書で、落ちる人達を巨人と訳したのか? その訳語は、ウルガタや、その他の多くの翻訳でも継承されている。そしてマトゥサラは、片脚を紐で結ぶと、学校の屋根から跳び降りた。その時、紐が解けてしまい、プールの中に落ちた。するとラヴ・ヒナがそこに走って来た。その時マトゥサラはラヴ・ヒナに「天から来た巨人と言ったらゼントラーディかしら」と言った。するとラヴ・ヒナは驚いて「何じゃ! そらマクロスだろ!」と叫び、そして二人は大笑いをした。ある時マトゥサラは、柱の上で宙返りをして落ちた。ある時、同級生が蜂に刺されたので、マトゥサラは、蜂の巣の前に行くと、巣に火をつけて、蜂の大群に刺された。ある時マトゥサラは、怪我をした子猫を見つけて、学校に連れて来ると、数日間、教室で飼っていた。そして一人の同級生が、家出猫を飼えるので、連れて帰った。ある時マトゥサラは、犬が、木の枝からぶら下がっている毛虫を一生懸命見ているのを見ると、かの字は毛虫が嫌いであるにもかかわらず、その毛虫を取って犬に見せたら、犬が毛虫に飛びついて食べてしまった。それで彼女はティベリア中の毛虫を捕まえて来て、その犬に与え、手が腫れてしまった。二人は高校時代もティベリアですごした。そして卒業する時、彼女はラビの資格を取ったが、ラビにはならずに、エジプトの大学に入り、卒業するとマドリードに帰って、聖書翻訳家になった。その時ラヴ・ヒナは、学問に磨きをかけるために、バビロニアのスーラの大学に入った。そして彼はラビになった。マトゥサラは何気なく、机の上にあった写真 を見た。その写真は、マトゥサラとラヴ・ヒナと、二人の恩師のラビ・ウサが、ガリラヤ湖で撮ったものである。彼女は「今じゃ私はすっかりシェゲッツね」と呟いた。